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講義の終わりにロマンスを
第2章 Jazz Bar『Dance』
ビルは、8階建てだ。
8階の案内パネルと5階の案内パネルが抜かれている。
7階には『Jazz Bar Dance』という案内が入っている。黒いプレートに白字で書かれた案内は、"Dance"という文字だけが筆記体で記されていて、どこか大人びた空気を匂わせた。
6階は美容室、4階と3階には不動産が入っていて、2階はネイルサロンだ。
男一人でネイルサロンは有り得ない。
美容室もあり得そうだが、『美容室 アンヴィ』と書かれたプレートは女性向けに見える。先生が美容師をしているという話は聞いたことが無いし、チャラチャラしたカリスマ店員のイメージも想像がつかない。
となると不動産会社で働いているのか、BARで飲んでいるのか。

真菜はBARの開店時刻が夜からだということも知らず、明るいうちから自分の教師が酒を飲んでいる様子を想像して少し落胆した。

(でも、BARか不動産くらいしか、ありえないよね)

鞄を両手で抱えたままパネルを見上げて溜息をついた彼女の背後から、綺麗な女性の声が聞こえた。




「ごめんなさい、ボタン押していいかしら?」




真菜が振り向くと、肩まで届く髪を柔らかくウェーブさせた女性がエレベータのボタンを押そうとしていた。30歳くらいの美しい女性だ。
はっとして、口を半開きにしたまま、真菜が横に身体をどける。

「ありがとう」

威圧感の全く無い、ただ優しさの滲む声で礼を言って、女性はボタンを押すと回数表示を見上げる。

胸元が綺麗に開いたベージュのワンピースは細い縦のラインが入り、スレンダーな彼女の格好を、より魅力的に見せている。覗く腕は細く華奢で、ヒールを履いた足首もキュッとしまって女性的だ。
夜の歓楽街に埋もれることもなく、汚れることもなく、微かな色気を滲ませながらも凛と立つ女性の姿に、女の真菜でも一瞬見とれてしまう。
やがて降りてきたエレベータに乗り込んでから、女性はふとパネルに伸ばした手を止める。
視線が真菜に向いた。

「乗りますか?」

やや不思議そうに尋ねた女性に、真菜はハッとして無言のまま首を振ると、俯いて踵を返した。開いたままのエレベータに背を向けて、足早に、その場を立ち去った。
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