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講義の終わりにロマンスを
第2章 Jazz Bar『Dance』
Jazz Bar『Dance』の従業員は仲が良い。
それは、どの従業員に確認したとしても異論の無い意見の一つだろう。

その日、普段より少し遅い時間にエレベータから降りた国崎は、仕込みを変わってくれた佐々木に礼を言いつつ、"Moon River"と書かれた楽譜を持って出勤した。
小鳥遊が、「高松さんのリクエストですね?」と何やら確認している。
楽しげな様子の小鳥遊を横目に、佐々木は会話の担当を国崎へ受け渡して、無言のままグラスを拭いて幾何学的な配置に並べていく。

楽譜を控室に置いて着替えを済ませて戻ってきた国崎は、小鳥遊と穏やかに会話をしながらカウンターの中に入った。佐々木と二言三言、言葉を交わしてから、手を洗い、念のため持ち場の備品をダブルチェックしていく。喋ってはいるが、その目は真剣だ。
その間も、小鳥遊はスツールの取っ手を磨きながら楽しそうに会話を続けている。

常連の男が、長い付き合いの女性に曲を贈りたいと考えているらしく、遅れてきた茶髪混じりのバーテンダーは、ピアニストに渡す楽譜を取り寄せてから出勤していたようだ。

愉しげなウェイターが、「せっかくならプロポーズとかしちゃえば、いいんじゃないすかねー」などと喋る声に混じり、カウンターに置かれたタイマーが「ピッ」と音を立てた。
17:50―――開店10分前の合図だ。
丸テーブルの椅子の位置を整え、小鳥遊が急ぎ足でバーカウンターへ戻る。

毎週金曜の開店は、いつもこの3名で迎える。

僅かに一段高い位置にあるバーカウンター内に、2人のバーテンダーが揃う。
一方は黒髪で落ち着いた風情を匂わせる40代前後の佐々木、もう1名は、一見して優男風の30代半ばに見える国崎。
その安定した空気感を、今年23になり、先日、国崎に憧れて髪を染めたという小鳥遊が見やる。
3人が互いの顔を見合わせると、ふと、佐々木が小鳥遊の首元を指さした。
自分の襟元を確認した小鳥遊が、少し曲がりかけた襟を整えてから頷く。


「じゃ、今日も宜しく」
「おう」「はい」


呼吸を合わせ、今夜の『Dance』のために、男達が仕事に取り掛かった。

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