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講義の終わりにロマンスを
第2章 Jazz Bar『Dance』
■Jazz Bar『Dance』■
『Dance』の控室はフロア奥にあるが、小さなビルのため、従業員用エレベータは存在しない。BARに出勤する従業員は、客と同じく、皆たった一つのエレベータを利用する。
エレベータを降りると、右手に傘立て、左手にはトイレに繋がる細い通路があり、1歩踏み出せば木の温もりを感じる磨かれた床に、4人がけの丸テーブルが複数と、フロア中央やや右手に木製のピアノが置かれている。ピアノ越しに見える一面ガラス張りの壁は、向かいのビルと十分な距離があるから出来る施工だ。フロアの開放感の理由は、この壁にある。
窓辺を背にしてフロアを見れば、トイレへの通路の真裏に当たる位置に酒瓶が並ぶL字型のバーカウンター、奥の壁に黒塗りの扉が見える。金色のノブのそこが、控室への入り口だ。
"STAFF ONLY"と書かれた扉を開けると、狭い廊下に面して扉が2つ。手前は女性用の3畳の控室。奥は8畳の男性控室だが、発注した製品や備品等の保管場所も兼ねており、実際は狭苦しく感じられる。ちなみに、廊下の突き当りのドアは、滅多に使われない非常階段へのドアとなる。
男性用控室でデニムから黒服に着替えるウェイターに、備品の確認をしていたバーテンダーが声をかけた。
「そういえば、小鳥遊。お前が前に言ってた砂肝の一品、確かに旨かった」
「あ、マジですか? 佐々木さん作ってみてくれたんだ」
「あぁ。ここじゃ出せないが、ツマミには最高だな」
「ですよね。実家に居た頃に、お袋が作ってくれてたんすけど、あればっかりは市販じゃないから、俺も一人暮らし始めてから自分で作るしか無くて」
小鳥遊と呼ばれたウェイターが、黒いベストの前ボタンを止めて短めの髪をワックスで整える。
ごく僅かに手首に香水をつけて、匂いすぎないか遠くで腕を振って確認する。
ロッカーの鏡で顔を確認すると、履き替えた靴を一瞥して、胸元のネームプレートを水平に直した。
「にしても、珍しいすよね。佐々木さんが金曜。国崎さんは?」
「あぁ、例の楽譜を買って来るんだと」
「あ、なるほど」
通常、佐々木呼ばれた、このバーテンダーが仕込みを担当するのは月曜だ。金曜の早番は珍しい。だが、彼の語った理由に納得した様子の小鳥遊は、着替えを終えてロッカーを閉めると佐々木に笑顔を見せた。
「手伝います。トイレ掃除」