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蜜刻に揺れて
第8章 奥深く暗い森
拳が当たらなくてよかったと今更安堵する。

身代わりになってくれた貴文に明日にでも礼を言わなくては。

セミファイナルを明日に控えたあの日。

言えば撥春だけでなくあいりも苦しめる事になるかもしれない。

それでも売り言葉に買い言葉で口を吐いてしまった。

溢れた言葉は取り返せない。

タクシーに押し込まれた後、無理矢理乗り込んできた浩一郎にいつもの底抜けの明るさはなかった。

ただ黙って隣に座っている。

マンションに着くと当たり前の様に部屋まで着いて来た。

「ビール貰うな〜」

勝手に冷蔵庫を開け、缶ビールを二本取り出すと、ソファーに凭れ掛かった竜の目の前に一本を差し出した。

貰ったもののプルトップを開ける気にならず、手の中でその冷たさを感じとる。

何も言わず浩一郎はビールを飲み、既に三本目だ。

「明日、セミファイナルだけど?」

「酔えねーから大丈夫」

温くなった缶ビールをもう飲む気にはなれない。

「ビールじゃなくて、ウィスキーにする?」

「喉に響くから止めとく」

ビールもテーブルの上にコトリと置いて一息ついた。

「喉を気遣うなら明日はイけそうだな」

視線を遣ると浩一郎は口の端を上げていた。
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