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フルカラーの愛で縛って
第1章 檻
槙野(まきの)と書かれた表札が、住宅街の中の、とある一軒家にかけられている。

その家は、黒い石調の外壁と白い塗り壁のコントラストが、立ち並ぶ家々の中で際立ってモダンな印象を与えている。
屋根の形も左右非対象の斜め屋根で、片流れ屋根の見た目は、お洒落な芸術家風情が住んでいるようにも感じられた。
だが、一見すると近代的な印象を与えがちな外観とは裏腹に、黒い樫の扉の前にあるポストには、木目の分かる古風な表札があしらわれている。

この家の主のこだわりのデザインなのだろう。

詩織には、何度来ても、嫌なこだわりにしか見えなかった。
モノトーンであるように見せて、和のテイストを取り入れる異物感。
左右対象では無い歪んだ屋根の形。
この家そのものが、普通の家々の並びに囲まれながら、普通ではない存在感を誇示しているのも、住人の変質的な性格を表しているような気がしてならない。

今日は、烟(けぶ)るような雨の中で、より一層、怪しげな館に見えて始末が悪い。

牢獄のような、その家を見つめたまま、詩織は静かに待っていた。
黒い傘の内側には目がさめるような青空がプリントされているが、その青空も彼女の心を晴らすことは出来ない。
濃紺の薄いトレンチコートを羽織り、焦げ茶のレインブーツを履いた彼女は黒い塊にも見えて、雨で濁った空気の中に溶け込んでしまいそうだった。
いっそ溶けてしまいたい。溶けて消えてしまえば、この後に待ち受ける事態からは逃げられる。
そう考えている彼女のコートの中で、無情にもスマートフォンが小さく震えた。

(時間だ)

家の前で、詩織は佇んでいた。
傘を握る手に無意識に力を込めた彼女の視線の先で、黒い扉が音も立てずに開く。

「いらっしゃい、詩織」

中から出てきた男は、清潔なシャツとデニムを身につけた40代半ばの長身の男だった。
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