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曖昧なままに
第10章 密かに去って
「少し――話せない」
そう言った曜子を連れ、俺たちは近くのレストランに場所を移した。午後四時過ぎのガランとした店内。静かで落ち着いた雰囲気の中、数年振りに向かい合っている二人――。
思えば俺たちの終わりは、最悪のものだった。口汚く彼女を罵った自分を思い浮べ、俺は密かに心を痛める。だからこそ、意外だった。曜子が俺に声をかけ、こうして話そうとしているなんて……。
曜子の話す当たり障りのない話題に、俺はややぎこちなく応じていた。
現在の彼女は隣県に移り住み、福祉関係の仕事をしているとのこと。今はたまたま実家に顔を出した後、この場に立ち寄っているようだった。
「――だから仕事は慣れたんだけど。一人暮らしをすると、今更ながら実家の有難さは身に染みるわね」
そんなことを寂しげに語られ、俺は思わず訊ねる。
「再婚――するつもりはないのか?」
「そうじゃないけど。差し当たって、相手がいないもの」
「だけど、あの時の――」
俺は余計なことを口にしたと思い、慌てて言葉を呑み込む。だがそれも既に遅かった。曜子は、俺が訊こうとしたことを悟る。
「……あの男とは別れたわ。貴方と離婚して……すぐにね」
あの男とは――曜子の浮気相手であり、俺たちの離婚の直接的な要因だった。
「そう……か」
それを聞いた俺に、何とも複雑な想いが去来する。じっと俯く俺を見て、曜子はふっと微笑を零した。
「どうして、貴方がそんな顔するの。『ざまあみろ』って笑い飛ばせばいいのに」
「別に……」
「そうね……。貴方はそんなことしない。あの時だって――その気になれば、私から慰謝料だって取れたはずでしょ。でも、貴方はそうしなかった……」
「……」
「私もね……これでも凄く後悔したのよ。夢見がちで移ろい易くて、目の前の幸せに気が付けない……馬鹿で若いだけの愚かな女。それが自分なのだと、ようやく知ったのね」
「いや、それは俺の方だって――」
およそ見た覚えのない殊勝な様子に、堪らず言葉をかけようとした時。
それに先んじて、曜子は――
「ごめんなさい……」
俺に向かって深々と、その頭を垂れていた――。
「……」
俺はその姿を――暫し唖然と見つめる。