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曖昧なままに
第10章 密かに去って
 二人の離婚について、俺はその原因を曜子だけに負わせる気はなかった。未熟であったという点に於いては、俺自身も同様である。本当に良い夫であったのなら、彼女も浮気などに走らなかったと、今なら思うことができる。

 その想いに、変わりはなくとも。今こうして初めて謝罪の言葉を耳にし、頭を下げ続ける曜子を目の当たりにしている、今。

 俺の中でこの数年のわだかまりが、すっと溶けて無に帰す感覚が生じていた。

「わかったから……もう頭を上げないか」

「そうね。今更、謝ったって……遅すぎるのよね」

「そうじゃなくて……気持ちは十分に伝わったと言うか……その」

 現在の自分の心境をどう話していいものか、俺は言葉に迷う。

「実はね。貴方の姿を見かけた時……最初は私、そのままやり過ごそうとしたの」

「……」

 足音を耳にしていた俺は、何となくその戸惑いを察してはいる。

「でも、やっぱり声をかけて――ちゃんと話せたことは、良かったと思ってる」

「うん……。俺も同じだ」

 ここに至り、俺たちは初めて互いに笑顔を向けていた。


「じゃあ、これで」

「ああ」

 話を終え店を出ると短い言葉を交わして、曜子は俺に背を向ける。

 俺も曜子も決して「また」という言葉を口にしなかった。こうして話すことは、もうないのだろう。そう思いながら、俺はその後ろ姿を見送っていた、が――。

「曜子」

「――?」

「ありがとうな」

 俺は最後に、その言葉を伝え――

「……馬鹿ね」

 曜子は照れたような笑み残し、そして今度こそ去って行った。


 仮にも将来を誓った相手と、仲を違え別れに至る。離婚とはやはり、不幸な出来事に変わりはないのだろう。

 しかし、そこに終止符を打つことが同じであっても、終わらせ方は大事なことだった。それは人として、形の上のことでなくその気持ちの部分に於いて……。

 その意味で今日――曜子との邂逅は、俺に大きな意味を示してくれた。

「……」

 そしてこの時――俺が改めて考えていたのは、愛美のこと。そして気がついたのは、自分自身の心に引っ掛かっていた想いだった。俺は愛美との関係を、このまま忘却に付すことができない――否、嫌だったのである。

 例えその終焉に、変わりがないとしても……。

 俺の中には――彼女に伝えるべき『二つの想い』が残されていた。
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