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曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
 それから程無くしてのこと――。

「愛美……お母さんね。この家で、柴崎さんと一緒に暮らそうと思ってるの。あなたも懐いてくれてるみたいだし」

 母は改まると、私にそう話した。それに対し、私は――

「好きにしたら」

 苛立つようにして、冷たく母を突き放していた。

 私だって、そこまで子供ではない。最初からこうなることは、わかっていた筈だ。だからこの苛立ちは、自分に向けられたもの。母と柴崎さんの仲を認めようとしない、そんな自分自身に……。

 二人の情事を目撃して、彼が母のものなのだと確認しながらも。それでもそれを、咀嚼しようとしない。そんな自分がとても哀れで、大嫌いだった。

 柴崎さんが私の家で暮らすようになったのは、その直後のこと。大き目の鞄が三つ――柴崎さんが持って来た荷物は、たったのそれだけ。後になって考えれば、真面な生活をしていた人でないと、容易に想像がついた。

 それはその後の彼の生活にも、顕著に表れている。彼が家を出掛けるのは大抵、もうお昼と言うべき時間だ。母が昼の仕事から帰る夕方までに一度戻ると、また夜は何処かへと出かけて行ってしまう。それでも朝晩は私と母の為に、甲斐甲斐しく食事を作ったりしている。

 彼みたいな男を『ヒモ』と称するのだと知るのは、私がもう少し大人になってからだった。

 柴崎さんが一緒に住むようになってから、私はほぼ自分の部屋から出なくなる。母とも彼とも顔を合わせたくない。そんな気持ちには、逆らえずにいた。

 そんなある時の、二人の会話――。

「やっぱり、一緒に住むのが早かったのかな? 愛美ちゃん、急に俺のこと避けるようになっちゃてさ……」

「そんなことないわ。貴方のこと、あんなに気に入ってたもの。難しい年頃だから……。もう少し様子を見ましょう」

「ああ、わかった。俺ももう少し、話す努力をしてみるよ」

 それを立ち聞きし――

「……」

 私の中に、複雑な想いが去来していた。

 柴崎さんが優しく笑いかけてくれたのは、私が母の娘だから。そんなこと、当たり前じゃないか、と頭ではわかってるのに。けれど――

 もし、母の娘でなかったら一体――彼にとって私は何?

 それこそ、只の子供だ。柴崎さんも決して、微笑みを向けてはくれないだろう。

 私はこの時に初めて――子供である自分が、とても歯がゆく思えていた。
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