この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
曖昧なままに
第13章 忌むべき過去(愛美の独白)
力なく廊下にへたり込む――私。
「ご、ごめんなさい。私、何て酷いこと……」
震える唇で声を奏で、無意識のままにポロポロと涙を零していた。
しかし柴崎さんは、すぐに微笑みを向けて――
「ハハ……平気、平気。そんなに、心配するなよ」
赤く腫れている痛々しいその手を差し出し、私の頬をそっと拭ってくれる。そして優しく私を見つめ、こんな風に訊ねた。
「愛美ちゃんは、おじさんのこと……嫌いか?」
嫌いな訳ないよ……。私は顔を左右に振る。
けれど「好き」だなんて言ったって、私の本心が伝わることなんてない。子供の私の言葉が、彼の大人の部分を揺るがすはずもなかった。
そんな無力さを痛感し、それでも私は何かを伝えようとする。流れる涙の意味は、もうさっきまでと違っていた。
「そうじゃない。だけど……どうしていいか、わからなくって……とても、辛いよ。だって……私は……お母さんの……」
「愛美……ちゃん?」
柴崎さんの顔色が変わる。私は涙をぐいっと袖で拭うと、その顔を真っ直ぐに見た。
「柴崎さんは、私を――どう思ってますか?」
「それは……とても可愛い女の子だと――」
「違う……違うの」
私はもどかしさに耐え兼ね、両手を床につくと下を向いて俯く。
「お母さんの娘とかじゃなく……私を……ちゃんと見てよ」
まるで駄々っ子。そんなだから、子供なんだ……。自分でも何を言いたいのか、よくわからず。私は自分自身に呆れていた。
だけど、この時――。
「愛美――」
そう言って私の肩を両手で起こし、柴崎さんは初めて私を呼び捨てにする。そして、まだ私の知らない顔を見せて、とても意外なことを告げた。
「俺と、キス――しよっか」
「え……」
答える間もなかった。
スローな感覚の最中、彼の顔が徐々に近づく。
私は動けなくて――ううん、きっと受け止めようとして、動かずにいた。
そして――彼は私の初めての唇を、あっさりと奪い去っていた。
「ん……」
瞳を閉じ、私は懸命にその一瞬を、心に刻もうとする。
でもそれは、決して美しい想い出になんてなり得ない。
煙草の香りと、チクチクと擦れる髭――それらが唇の感触にも勝って思えた。
けれど、これは大人の味――ならば、悪くもない。
「ご、ごめんなさい。私、何て酷いこと……」
震える唇で声を奏で、無意識のままにポロポロと涙を零していた。
しかし柴崎さんは、すぐに微笑みを向けて――
「ハハ……平気、平気。そんなに、心配するなよ」
赤く腫れている痛々しいその手を差し出し、私の頬をそっと拭ってくれる。そして優しく私を見つめ、こんな風に訊ねた。
「愛美ちゃんは、おじさんのこと……嫌いか?」
嫌いな訳ないよ……。私は顔を左右に振る。
けれど「好き」だなんて言ったって、私の本心が伝わることなんてない。子供の私の言葉が、彼の大人の部分を揺るがすはずもなかった。
そんな無力さを痛感し、それでも私は何かを伝えようとする。流れる涙の意味は、もうさっきまでと違っていた。
「そうじゃない。だけど……どうしていいか、わからなくって……とても、辛いよ。だって……私は……お母さんの……」
「愛美……ちゃん?」
柴崎さんの顔色が変わる。私は涙をぐいっと袖で拭うと、その顔を真っ直ぐに見た。
「柴崎さんは、私を――どう思ってますか?」
「それは……とても可愛い女の子だと――」
「違う……違うの」
私はもどかしさに耐え兼ね、両手を床につくと下を向いて俯く。
「お母さんの娘とかじゃなく……私を……ちゃんと見てよ」
まるで駄々っ子。そんなだから、子供なんだ……。自分でも何を言いたいのか、よくわからず。私は自分自身に呆れていた。
だけど、この時――。
「愛美――」
そう言って私の肩を両手で起こし、柴崎さんは初めて私を呼び捨てにする。そして、まだ私の知らない顔を見せて、とても意外なことを告げた。
「俺と、キス――しよっか」
「え……」
答える間もなかった。
スローな感覚の最中、彼の顔が徐々に近づく。
私は動けなくて――ううん、きっと受け止めようとして、動かずにいた。
そして――彼は私の初めての唇を、あっさりと奪い去っていた。
「ん……」
瞳を閉じ、私は懸命にその一瞬を、心に刻もうとする。
でもそれは、決して美しい想い出になんてなり得ない。
煙草の香りと、チクチクと擦れる髭――それらが唇の感触にも勝って思えた。
けれど、これは大人の味――ならば、悪くもない。