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曖昧なままに
第14章 月並みな俺
 愛美が抱えているトラウマの正体は、既に明らかである。最悪の想いの全てが集約されているのは――女としての、初めての瞬間。

 だから、俺は――愛美を抱いて、それを振り払ってあげたい――そう思った。

 だがその考えは、あまりにも短慮。それ故、愛美の心にも響こうとはしていない。

「では――私はこれで、失礼します」

 愛美はテーブルに、自分のコーヒー代の五百円玉をコトリと置いた。

「……」

 彼女はそのまま、立ち去ろうとしている。それなのに俺は俯いたまま、言葉も出せずにいて……。

 情けない男。こんな俺の一体何処に、愛美は魅かれたというのだろう。否――そんな風に考えてしまうから、俺は何時までも……。去ろうとする愛美を前にして、俺は焦りの最中で一つの自問を投げかけていた。

 愛美が――俺に魅かれていた。それを聞いて、どう感じたんだ――?

「――待ってくれないか」

「……!」

 俺は愛美を引き留め、そしてその顔を見据えて言った。


「俺が愛美を抱きたいんだ」


 シーンと鎮まる店内。店員や他の客たちの視線が、俺に集まっている。

 それでも構わずに、俺は言葉を続けた。

「君の為でなく……俺がそうしたい。今、俺の……それが本心だ」

「……」

 席に座り直した愛美は、冷めたコーヒーを一口。そしてカップを置くと、俺に意外なことを訊ねた。

「洋人さんが、お付き合いされている方……お名前を教えてください」

「え……? な……奈央」

「奈央さん……きっと素敵な女性なんでしょうね」

「愛美……?」

「この店の裏手の路地を進むと、『コーポ白河』という古いアパートがあります。そこの202号室――来週の日曜の朝に、私はその部屋を引き払います」 

「……」

「勘違いしないでください。私は貴方に来て欲しくて、それを伝えた訳ではないんです。これ以上、私に関われば……洋人さんも、只では済まないでしょうから」

「どういう意味……だ?」

「柴崎さんを死なせたのは私。いいえ――私の女の本性が、柴崎さんの男を喰い殺したんです。だから――」

 愛美は席を立ち、そして最後にこう言い残し去って行く。

「どうか、奈央さんとお幸せに」

「あ……」

 俺はその毅然とした後姿を見て――実感した。

 全てを犠牲にする『覚悟』――俺はまた、それを問われているのだ、と。
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