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曖昧なままに
第14章 月並みな俺
 そして俺はそんな奈央を見て、重い口を開いた。

「奈央……俺に、一度だけ……浮気をさせてくれないか」

「え……?」

 その言葉は決して、正しく俺の意図に沿ったものではない。だが俺は敢えて、それを使っていた。奈央のショックも省みずに……。

 奈央は暫くの間、キョトンとして俺を眺めていた。それから探るように、俺に訊ねる。

「えっと……私、笑ってもいいの……かな?」

「……」

「あ、黙っちゃうんだ。つまり……冗談じゃない、ってことね?」

 俺は奈央の顔を見ることができず、黙ったままそれに頷いた。

「ふーん。あのさ、まず確認させてもらうけど」

「うん……」

「『させてくて』――ってことは、未来のことなんだよね。『浮気した。ゴメン、許してくれ』――と、過去の過ちを詫びてる訳ではない。ここまで、合ってる?」

「ああ……そうだ」

「じゃあ、私の気持ちを言うから――ちゃんと顔を、見てくれる」

 そう言われ、顔を上げた俺に――

「あまり、舐めないでね」

 奈央は険しい顔で、そう言い放つ。そして怒りも顕わに、堰を切ったような言葉を、俺に浴びせてゆく。

「女を舐めないで。私を舐めないで。私の貴方への気持ちを――舐めないで!」

「奈央……」

「どうして、今……この瞬間に、そんなことを言うの? それを、私が……笑って許すとでも思った?」

 奈央はそう言葉を綴る内に、その瞳に薄らと涙を潤ませて……。つい先ほどまでのことを鑑みれば、彼女の言葉も怒りもショックも、当然のことだった。

「いや――」

 俺は自分の迂闊さを呪う。しかし――

「本当に、すまなかった。だけど、奈央とのことを本気で考えるからこそ、俺には避けては通れないことなんだ」

「どういう……意味?」

「少し長くなるけど――俺の話を、聞いてくれないか」

 俺はとうとう、奈央に全てを明かす決意をしていた。

 すると、奈央は――

「中崎さんは、何時も何かを気にかけていたよね。その話って、そのことなの?」

「そうだ」

「だったら、私――全部、聞かせてもらうよ」

 何かに備えるように、きりっと表情を引き締める。

 その顔を見据えて――

「わかった……」

 愛美との関係を――。そして、彼女の過去に至るまでを――。

 俺は全て残さず、奈央に語り始めていた。
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