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曖昧なままに
第14章 月並みな俺
 奈央は表情を強張らせながら、こう話を続ける。

「来週を過ぎれば、その娘は何処かに行っちゃうんでしょ。だったら、もういいじゃない。今すぐに忘れて。仮に私の為だと言うのなら、無理矢理でも何でもいい――必死になって、忘れてよ!」

「きっとこんな話、しなければ良かったんだと思う」

「そうじゃない――そんなこと言ってないよ……」

 奈央は堪え切れない様子で、ついに涙を零し始めた。

 彼女らしからぬその姿を見て、何も感じない訳もない。だが俺は込み上げる何かを、ぐっと押し込め、こんな風に告げていた。

「だけどこのままでは却って、彼女を忘れることができなくなる。奈央……ごめん。俺はそういう人間だから……」

 俺がそう言うと、奈央は指で涙をそっと拭う。

「中崎さん……私ね。相手が貴方じゃなかったら、こんなこと話してない。たぶんとっくに引っ叩いて、『出てけ!』って喚いて、それで終わり。でも悔しいけど話を聞いて、心の片隅で感じてしまっているの……中崎さんらしい、って――」

「奈央……」

「だから、あと一つだけ聞かせて。中崎さんは、困ってる人を助ける、ヒーローになりたいの?」

「違う。俺はどう足掻こうとも、そんな者にはなれない」

「だったら、話はとても簡単だね。要は私を選ぶのか――その娘を選ぶのか――」

 結局、結論はそこに……。

「とにかく、今日はもう帰って……今は顔を見ていたくないから」

 奈央はそう言って寝返りを打つと、俺に背を向けた。

「わかった……」

 と、俺はベッドから起き上がると、脱ぎ散らした服を拾い集める。そうして身支度を整えてから、もう一度、奈央の背中を見つめた。

「……」

 既にかけるべき言葉も、見当たらない。俺は己の愚かさを噛み締め、そのまま部屋を後にしようとする。

 その時、であった――。

「中崎さん……私、来週の土曜日……この部屋で待ってるから」

「――!?」

「もし、貴方が私を選ぶのなら。この部屋に来て……黙って私を抱いて。そしたらもう、言葉はいらないから……」

 土曜日――すなわち、愛美と会うことができる、最後の夜。奈央が意図しているのは、そういうことだった。

 そして奈央は俺に、猶予を与えてくれている。

「奈央……ありがとう」

「……」

 返事のないその後ろ姿を脳裏に残し。俺は部屋から出て行った――。
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