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曖昧なままに
第15章 唯、興じて
 俺にその事実を伝えながらも、奈央は戸惑いを隠すように、終始ツンとそっぽを向いていた。

 そして、その複雑な心境のほんの一部を――俺に語る。

「私……ふざけるなって、そう思ったよ。そんなの、当たり前じゃない。私を待たせて、中崎さんは、その娘の処に行ってるんだもの。その上、電話までして来て……一体どういう神経してるのって……気が可笑しくなりそうだった」

「それなら……どうして?」

「自分でもわからないよ。でも……迷った挙句に、気がつくと私は、彼女に教えられた住所に向かっていて……。そして部屋の中で寝ている、中崎さんを見つけた。正直……どうしてやろうかと、そんな考えだって過っていたの。私を待ちぼうけさせておきながら、何を呑気に寝てるのよ、って腹が立って仕方なかったんだもん……」

「……」

 奈央が、そう思うのも当然だった。実際、何をされた処で、俺が抗弁できる余地はない。

 しかし奈央は俯くと、畳の目に指を這わせつつ、静かな口調で話を続けた。

「だけど、そうしてたら……さ」

「……?」

「中崎さん――『奈央』――って、私の名を呼んだの。眠ってる間に――三度、呼んだ。それを聞いた時に、私……」

「奈央……」

 その前のしおらしい態度を改め、奈央はキッと俺を睨む。

「勘違いしないで! そんなことで、貴方を許そうなんて思ってないから」

「うん……それは、仕方ない」

 そう言いつつ、それでも項垂れて……。

 だが、奈央は大きなため息をつき。そんな俺に向けて、こんな風に言った。

「だけど、さ。私、もう少しだけ……中崎さんこと、見ていてあげる。ううん、見ていたいと思っちゃったんだ」

 その言葉を聞いた時――。

「奈央……ありがとう」

 自然と俺の口をついていたのは、ずっと心にあった懺悔ではなく、感謝の言葉だった。

 もちろん、これで元の関係に戻れる訳でもない。しかし、奈央が「見ていて」くれるのなら、俺は今度こそその気持ちに応えたいと思った。


「あ、後ひとつ――」

 それは部屋を後にしようとした時、奈央は――

 愛美が俺に残した――その言葉を伝える。


『私――未来を見て、生きていきます』


「そう……か」

 それを、俺は――そっと胸の中に仕舞う。


 そして、その日から二年――愛美と初めて出会ってから、三年の月日が経過した。
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