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曖昧なままに
第6章 肝心なルール
 次の朝。目覚めたいつもの部屋に、愛美の姿は既になかった。どうやら俺が眠っている間に、帰って行ったらしい。

 身体を起こすと、どろんと気怠い疲れ。俺は呆然と時計を眺めた。

「冗談……だろ?」

 時刻は既に午前九時近い。今日は月曜日。もちろん仕事。

 慌てて飛び起きた俺は、脱ぎ散らした上着のポケットを探り携帯を取り出す。

「――はい。すぐ行きます。はい――申し訳ありません」

 ピ――通話を切ると、頭を抱えた。上司の小言により、全ての眠気は吹き飛んでいる。

 正直言えば、そのまま仮病で休みたい気分は山々だ。だが脳裏を巡るのは、この日の仕事の予定。それが許されないことは、自分が一番わかっている。

「ああ、くそ!」

 何処か現実離れしたような一夜が明け、俺は一気に現実へと引き戻されていた。


    ※    ※

 道を隔てた駐車スペースに車を停め、俺は駆け足で会社の敷地内に飛び込む。もう陽はかなり高くまで、昇ろうとしていた。

「あー、駄目じゃないですかぁ。今、何時だと思ってます?」

 そのタイミングで事務所から姿を現したのは、両手に書類を抱えた西河奈央。

「違う……ちょっと、得意先に行ってたから」

 バツの悪さから、咄嗟にそんなことを言ってみるが、

「嘘――ですよね」

「ああ……うん」

 それは奈央により、一瞬で看破された。

 だが無意味な嘘を言ったのも、俺の不安定な心に原因がある。

「それはそうと――この前、楽しかったですよ」

「そう……それは、良かった」

「また、連れて行ってくださいね」

 奈央が向けた笑顔から、俺はそっと顔を背けた。

「ゴ、ゴメン。行かなくちゃ――じゃあ」

「あ、はい……?」

 俺はそそくさと、その場を去って行く――。

 後ろめたい気分は、俺の中だけに激しく存在した。

 奈央はやや強引ながらも、俺に好意を示してくれている。それに応えたい気持ちは、少なからずあった筈だが――。

 あの時の奈央とのキス。それがもう、随分と前の出来事のように感じられる。

 その上に塗り固められたのは、昨夜のあらゆる場面。奈央と顔を合わせているのが、とても気まずく思えていた。

 わかっていたことだろ――?

 幾ら自覚はあろうとも、俺は愛美を突き放すことはできない。否、もう既に逃れられないのかもしれなかった。
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