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曖昧なままに
第8章 相和する時
 その理由は、さておくとしても。こうして奈央と会話することについては、やはり悪くない気分だった。と言うよりも期せずして、ホッとしている自分に気がついている。

 その真意については、自分でも明確に論じることはできない。それでも恐らくは、そこに愛美と対比があってのこと。漠然と、その様には感じてはいた。

 バレンタイン時の一件以来は、特に変わったことはない。愛美は不定期に部屋を訪れ、例の如く俺に施すことに終始している。

 あれを期に、彼女の本性が激しくエスカレートしていったかと言えば、特にそんな様子はなかった。

 心境の変化があったとすれば、それは俺の方なのだろう。あの夜、愛美が示したであろう俺への独占欲。それを醸し出した彼女に対し、ある意味で俺は恐れを抱いてしまっている。愛美の心の闇を垣間見た気がして、それがそこはかとなく怖かった。

 それは裏腹に彼女の闇に塗れた自身の、滑落し行く姿を想像していたとも言えよう。

 西河奈央は例え一瞬の気まぐれであっても、いわゆる一般的な恋愛の可能性を示してくれた相手。そんな彼女と接していると、男としての体裁が保たれる気がする。

 無理に理屈を求めれば、そんな感じなのかもしれない。

 だが俺には、失念してはならないことがある。結果として奈央のチョコが起因して、愛美の新たなる一面が解放されていることだ。

「中崎さんって、私の事どう思ってます?」

 ようやく俺に視線を戻した奈央。些か呆れ顔で、そんなことを俺に訊ねた。今の頭の中を覗かれたような気がして、俺は慌てる。

「ど、どうって?」

「うーん……じゃあ。こうして話していて、楽しい?」

「そうだな。それは、割と」

 そこは正直に答えると――

「そう。だったら――ま、いいか」

 その刹那に滲んだのは一定の好意なのか。だとしたら、素直に嬉しくは思う。だが一方で頭を過るのは、愛美に果てさせられる情けない己の姿だ。もしそんな俺と知れば、彼女の失望は避けられまいが……。

 と、奈央との会話を交わすも束の間。

「オーイ! 西河くん!」

 バスの後部から、お呼びの声がかる。

「はあ……戻りますね」

 本気で嫌そうなその顔を見て、俺は計らずもこう口にする。

「俺も一緒に行こうか?」

「はい。是非」

 奈央はそう答え、嬉しそうに微笑んでいた。
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