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記憶にない初恋、その追憶
第4章 転
出発の日。
この日が来ることはずっとわかっていたのに、私の小さな胸は締め付けられている。
彼が滞在中一度も開かなかった書き込みの多い難しい楽譜は、全て私のものになった。
きっと彼の宝物なのに、私はそれさえ少しも嬉しいと思えなかった。
最後の演奏会に彼が選んだのは、ショパンの『別れの曲』。
私は演奏する彼の背に頬を寄せ、世界一美しいと言われるその曲を聞いていた。
それから私たちは長く深い口付けを交わし、あの椅子に座る彼ときつく抱き締め合った。
階下から声がかかり、彼が迷いなく立ち上がる。