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妖婦と呼ばれた女~哀しき恋歌~
第5章 【参】
 橘乃は嘉宣の今の心の揺れが手に取るように判った。迷って当然だ。幾ら冷淡だったとはいえ、自分の母を誅せと命じたのだから。
 むしろ、橘乃が愛したのは嘉宣のそのような心の弱さ―優しさゆえだろう。実の母親を殺そうとする時、迷いや躊躇いの一つも見せずにあっさりとやり遂げるような男であれば、恐らく橘乃は嘉宣に心惹かれはしなかった。
 障子戸の隙間から流れ込む夜気は真冬を感じさせる。
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