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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
~夢見桜~
 ふわり、ふわりと、まるで舞うように薄桃色の花びらが落ちてくる。吟は箒(ほうき)を動かす手をしばし止め、頭上を振り仰ぐ。蒼い空さえ見えないほど、びっしりと重なり合った花片が間近に見え、あまりの見事さに吟は溜め息をついた。
 卯月も初めのこの季節、寺の庭の桜の樹はどの枝にもたっぷりとした花をたわわにつけ、遠くからは薄桃色の靄(もや)に包まれているように見える。盛りもやや過ぎた今は、気紛れな春の風に花びらが散らされてゆく。朝夕に掃き掃除をするのは、たった一人しかいない見習い弟子の吟の仕事である。この時季、正直言えば、掃き掃除はなかなか大変だ。掃いたかと思って背後を振り返れば、もう新たに散り敷いた花びらがそこにある。
 住職の光円(こうえん)は庭が汚れているのをひどく厭うから、吟はもう一度、掃き直さなければならない。そんなこともあるけれど、この美しく咲き誇った桜を見ていたら、少々の手間などかかってもたいしたことはないように思える。
 村外れの小さな尼寺の庭にあるこの桜の樹を「夢見桜(ゆめみざくら)」というそうだ。そう教えてくれたのは、他ならぬ吟の師匠光円である。
―この桜の樹の下で見る夢は、必ず本当になるそうですよ。
 嘘かどうかは判らないけれど、と言って、光円は穏やかに笑った。今年五十になるという師匠は、元はお侍の家の娘だったという。とはいっても、少禄の下級武士の娘だそうだ。それでも、村の八人兄姉兄弟(きょうだい)の七番目として、食うか食わずの日々を過ごしてきた吟とは生まれも育ちも天と地ほども違う。吟の生まれた小さな村では、ここ数年の冷夏で米の収穫も殆ど期待できない状況であった。
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