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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
 度重なる不作は飢饉を招き、村でも年寄りや幼い子どもが大勢死んだ。若い娘は女衒に売られてゆき、吟のようなまだ年端のゆかぬ少女でさえ、売られてゆくほど事態は困窮していた。吟の両親も吟を売ろうとしていたところ、光円に助けられたのだ。父母はけして吝嗇でも薄情でもなかったが、働き手となる兄たちや物心さえつかない妹を売ることはできなかった。既に年頃の姉三人は町の遊廓に売られていっていた。吟には二人の兄と四人の姉がいたが、すぐ上の姉は生まれながらの盲目であった。
 ゆえに、父母もまだ十一になったばかりの吟を女衒に売るしかなかった。吟が丁度女衒に連れられてゆこうとしていた時、家の前を光円が通りかかった。光円は檀家に拝みにいった帰り道であった。女衒に手を引かれた吟は眼に涙をいっぱい溜めていた。泣いては親を困らせるだけだと子供心にも判っていたから、泣くまいと懸命に耐えていたのだ。母は父の手を掴んで泣いていたし、父の眼にも光るものがあった。
 そんな光景を見た光円は女衒に理由を質し、吟を買い取っただけの金を払うと、その身柄を引き取った。更に両親から事情を聞き出して、吟を寺に預けないかと言った。両親は遊廓に女郎として売り飛ばすよりは、寺に預けた方がはるかに良いと考え、光円に吟の身柄を託したのだ。今から五年前の春のことであった。
 折しも吟が寺へ来た日も、こんな風に庭の片隅の桜は満開だった。父母が恋しくなった時、吟は桜の樹の下へ来て、美しい桜を眺めた。何故かは判らないけれど、ここへいると、心が落ち着いた。そんな吟を見て、光円が微笑みながら夢見桜の話をしてくれたのだ。
―そなたをこの寺へ連れてくる日の朝、私は夢を見たのですよ。
 光円はふわりとした微笑を浮かべて言った。
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