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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
その数日後の朝。
吟はいつものように庭を掃いていた。
桜の花は大方は散ってしまい、葉桜が顔を見せ始めている。数日前のように風が吹く度に花びらが散るということは流石に無くなった。その分、掃除は随分と楽になった。それでも、吟は満開の桜を眺めていられたときの方が良かったと思う。緑眩しい葉桜の季節も好きだれど、やはり桜は花の盛りの頃がいちばん好きだ。
吟が殆ど散ってしまった桜を眺めながら、考えていたときのことだ。突然、背後から声をかけられた。
「いつも精が出るな」
吟は飛び上がりそうなほど愕いた。振り向けば、あの青年が立っていた。数日前、夢見桜の下で微睡んでいた吟を起こした男である。
「あ―」
吟が声を上げると、男は笑顔になった。
「今日もお母さまのお墓参りにいらっしゃったのですか?」
問えば、男が頷く。
「母は俺を生んで、すぐに亡くなった。だから、俺は母の顔を全く知らない」
「そう、ですか」
吟はどう応えて良いものか、言葉を探しあぐねた。自分は共に暮らすことはできないけれど、両親も健在だ。ならば、この男のように生まれ落ちてすぐに母親を失い、顔すら見たことがないよりは、よほど幸せだ。
吟の顔を見た男は薄く笑った。
「つまらない話を聞かせたな。それよりも、そなたは桜の花がよほど好きなのだな。先日もやはり、ここにいて愛おしそうにこの樹を見上げていた」
吟はいつものように庭を掃いていた。
桜の花は大方は散ってしまい、葉桜が顔を見せ始めている。数日前のように風が吹く度に花びらが散るということは流石に無くなった。その分、掃除は随分と楽になった。それでも、吟は満開の桜を眺めていられたときの方が良かったと思う。緑眩しい葉桜の季節も好きだれど、やはり桜は花の盛りの頃がいちばん好きだ。
吟が殆ど散ってしまった桜を眺めながら、考えていたときのことだ。突然、背後から声をかけられた。
「いつも精が出るな」
吟は飛び上がりそうなほど愕いた。振り向けば、あの青年が立っていた。数日前、夢見桜の下で微睡んでいた吟を起こした男である。
「あ―」
吟が声を上げると、男は笑顔になった。
「今日もお母さまのお墓参りにいらっしゃったのですか?」
問えば、男が頷く。
「母は俺を生んで、すぐに亡くなった。だから、俺は母の顔を全く知らない」
「そう、ですか」
吟はどう応えて良いものか、言葉を探しあぐねた。自分は共に暮らすことはできないけれど、両親も健在だ。ならば、この男のように生まれ落ちてすぐに母親を失い、顔すら見たことがないよりは、よほど幸せだ。
吟の顔を見た男は薄く笑った。
「つまらない話を聞かせたな。それよりも、そなたは桜の花がよほど好きなのだな。先日もやはり、ここにいて愛おしそうにこの樹を見上げていた」