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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
「この樹は夢見桜といって、不思議な言い伝えがあるのだと住職さまが教えて下さいました」
吟が応えると、男は興味を引かれたようだった。
「ホウ、俺は子どもの時分からよくこの寺には来ているが、そんな話は初めて聞いた。どのような言い伝えなのだ、教えてくれぬか」
「何でも、この樹の下で見た夢はすべて現(うつつ)になるのだとか」
「―」
男はふいに黙り込んで、樹を見上げた。
重なり合った緑の葉を通して、木漏れ日が地面に透かし模様を織りなしている。
「そなたはあの日、怖い夢を見たのだと申していたが」
男はそれ以上は何も言わず、眩しげに地面に落ちた樹の影を見つめていた。
「また来る」
突如として言い、男は吟を見て微笑んだ。温かな笑顔は、やはり数日前と同様に兄によく似ていた。軽く片手を上げ、男は去ってゆく。吟は、温かな気持ちを抱いて、男の広い背中を見送った。季節はそろそろ初夏へとうつろおうとしている。
その日を境として、男はしばしば姿を見せた。二人が言葉を交わすのは、大抵、桜の樹の下であった。既に完全に花が散り、葉桜となった樹の下に座り、二人は様々な話をした。
吟も我が身の上を正直に打ち明けた。この近くの村で水飲み百姓の娘として生まれ育ったが、貧しさゆえに町の遊廓に売られそうになったこと、危ういところで光円に救われ、今は尼となるために修行中であること。
一方、男も自分について話した。武士の家に嫡男として生まれ、生後すぐに生母を喪い、物心つく前に父をも喪ったことから、家を継ぎ今に至っているという。男は佐中一馬(さなかかずま)と名乗った。
吟が応えると、男は興味を引かれたようだった。
「ホウ、俺は子どもの時分からよくこの寺には来ているが、そんな話は初めて聞いた。どのような言い伝えなのだ、教えてくれぬか」
「何でも、この樹の下で見た夢はすべて現(うつつ)になるのだとか」
「―」
男はふいに黙り込んで、樹を見上げた。
重なり合った緑の葉を通して、木漏れ日が地面に透かし模様を織りなしている。
「そなたはあの日、怖い夢を見たのだと申していたが」
男はそれ以上は何も言わず、眩しげに地面に落ちた樹の影を見つめていた。
「また来る」
突如として言い、男は吟を見て微笑んだ。温かな笑顔は、やはり数日前と同様に兄によく似ていた。軽く片手を上げ、男は去ってゆく。吟は、温かな気持ちを抱いて、男の広い背中を見送った。季節はそろそろ初夏へとうつろおうとしている。
その日を境として、男はしばしば姿を見せた。二人が言葉を交わすのは、大抵、桜の樹の下であった。既に完全に花が散り、葉桜となった樹の下に座り、二人は様々な話をした。
吟も我が身の上を正直に打ち明けた。この近くの村で水飲み百姓の娘として生まれ育ったが、貧しさゆえに町の遊廓に売られそうになったこと、危ういところで光円に救われ、今は尼となるために修行中であること。
一方、男も自分について話した。武士の家に嫡男として生まれ、生後すぐに生母を喪い、物心つく前に父をも喪ったことから、家を継ぎ今に至っているという。男は佐中一馬(さなかかずま)と名乗った。