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夢見桜~ゆめみざくら~
第1章 夢見桜
―兄ちゃんに逢いたい。
 吟の胸に兄への、両親を初めとする家族への思慕がふいに切なく湧き上がる。だが、出家し仏門に入ることは、そのまま肉親への情愛、その絆を断つことを意味する。恐らく、これから先、家族とは二度と生きて逢うことはあるまいと思われた。
 五年前、もし光円に助けられることがなければ、吟は女衒に連れられて町の遊廓へといったはずだ。そこで一体、どんな運命が自分を待ち受けていたのか、吟は判らない。遊女として奉公する身売りといっても、それが何を意味するのか吟には想像がつかなかったのだ。
 吟は十一歳で尼寺へ入って世間とは隔絶され、ひたすら修行に没頭する日々を送ってきた。そんな彼女は、同じ年頃の娘よりははるかに男女のことには無知であり疎かった。が、廓での生活は想像することができなくても、町へ出てゆけば、再び家族にあいまみえることはできないとは判っていた。
 ならば、廓に売られずに、こうして光円の情けで寺に暮らすことができるのは、ありがたいことであった。家族に逢えないのは辛いが、廓にゆかずに済んだことを幸せと思い、肉親への情はきれいに棄てなければ、それこそ仏罰が当たるというものだろう。
 逢うことはできないけれど、自分も御仏のお陰で、こうして無事で暮らしている。今、吟にできるのは兄や家族のためにひたすら御仏に祈ることしかなかった。吟が考え事に耽っていると、突如として、風が吹いた。
 一陣の風が桜の梢を揺らし、ざわめかせる。花たちが揺れ、薄紅色の花びらが一斉に舞い上がった。はらはらと散り零れる桜貝のような花びらが降ってくる。折角きれいに掃き浄めた庭は、また無数の花びらで埋め尽くされてしまった。
 吟はそっと吐息を洩らし、散り零れた花びらを見つめる。
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