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らぶあど encore!
第30章 密約



景子は、病院を後にした一時間後、綾波に指定された料亭「紫野」の一番奥の間で正座をし、背筋を伸ばして両手は膝の上に置いたまま、女将に出されたお茶にも口を付けず、時折壁の時計をチラリと見上げては溜め息を吐いていた。

待ち合わせの時間から十分経つが綾波も岸会長も現れない。

湯飲みに浮かぶ金箔が微かに揺れるのを見詰めながら、ひょっとして今夜の会合はお流れになった、という希望的観測が頭をもたげる。

綾波はともかく、岸会長がやって来ると言うのはただ事ではない。普通に食事をして談笑して、という事ではないだろう。



(――私の嘘がばれたのかも知れない……)



岸会長と初めて会った時、易々と景子の言うことを信じた彼を内心小馬鹿にしていたが――よく考えてみれば、国内のみならず海外にも太いパイプを持つ企業家の岸会長とあろう者が、何故に自分をあんなに簡単に雇ったのだろうか?

もしかしたら彼は最初から景子の素性の怪しさなど見抜いていて、その上で手の内に入れたのではないだろうか?

――だとしたら、何故?



景子の背中に冷たい悪寒が走ったその時、部屋の襖が静かに開いた。




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