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ネムリヒメ.
第20章 白と黒の影.
同じフロアのロビースペースのソファーにいる渚に、このタイミングを待ってましたとばかりに声をかけてきたのはひとりの女性だった
鼻をつくキツい香水の匂いに渚は一瞬顔をしかめる
「やっぱりそうね…お会いできて光栄だわ。いつか一目お目にかかりたかったの」
「…恐縮です」
とりあえず社交辞令の取り繕った笑顔を返す渚
渚がこうして客から声をかけられるのは珍しいことではない
むしろ、財界に名が通り、ましてや美しいルックスを持ち合わせている彼となれば老若男女、ビジネスからプライベート目的まで様々な人間がこうして接触してくるのは日常的なことなのだが…
「でも、こんなところでお会いできるなんて…少しよろしいかしら」
「ええ、どうぞ」
─このオンナどこかで…
綺麗に着飾り、自分に好奇の目を向けてくる女性を前に渚は少し引っ掛かりを覚えていた
─ああ…
そこでピンとくる
─このオンナ、確か……
渚の頭に過るのは先程までいたバー・ラウンジでの光景だった
何度か電話で席をたった時、通り過ぎたテーブルでこの女性を見かけているのを鮮明に思い出す
連れのオトコに、真っ赤な薔薇の花束と手のひらサイズの小さな包みを差し出されて感極まっていたオンナ
見たところ、派手な印象ではあるがどこかの令嬢というところだろう
プロポーズなのか、誕生日だったのか…それともただのご機嫌とりか
自分にとってそんなことはどうでもよかったが、あまりにも強烈な印象に渚の頭にはそうインプットされていた