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あい、見えます。
第10章 見える世界
「どうだった?」
「きもちいい空気だった」
「空気?」
「バーテンダーさんの周りで、きもちいい波が起こってるのが、見えて……」
「どうぞ」
会話の邪魔にならないように、低い声でキールのグラスを佐々木のコースターへ提供する。
その時、遥がスクリュードライバーを一口飲んで、「美味しい」と呟いた。
反射的に、そちらに顔を向ければ、遥と目が合って、庵原は珍しく目を丸くした。
微かに会釈をするが、彼女からの反応は無い。
(……)
それでも、微笑んで身体を戻すと、佐々木と目を合わせて、庵原は口端を上げた。
頷いた佐々木が、自分のグラスに口をつける。
その表情に、庵原は自分の手元へ視線を戻すと、意識を作業へ集中させた。
暫くして、佐々木の服の微かな衣擦れの音に耳を澄ませてから、遥は佐々木へ顔を向けた。
「佐々木さんが働いてる姿、見える気がする」
「本当に?」
「うん」
楽しそうに笑う遥を見て、佐々木も表情を緩めた。
ジャケットの内ポケットから手帳を出すと、そのページを捲る音に、「あっ」と遥が声を上げる。
「やだ…、何書くの?」
「音読しましょうか?」
「……いいです」
小声で窘める遥に、悪戯っぽく囁き返せば、恥ずかしそうに顔を背けられた。
そんな、綺麗で可愛らしい、不思議な視覚を持つ恋人の横顔に微笑み、佐々木は今日の日付のところに、サラサラと書きつける。
『Dance。庵原のフレアを見せる。幸せだ』
書き終えた手帳を閉じると、遥は、心地よさそうに、店内のJazzに耳を傾けていた。
「ね……、佐々木さん」
「ん?」
「この曲、何ていう曲かなぁ…」
「あぁ。これは”WAVE”ですよ」
「あ。バーテンダーさんっぽい口調になってる」
「バーテンダーですから」
「っふふふ」
楽しそうに喋る二人の間で、手帳の表紙に刻まれた”Love is Best”という金色の文字が、一瞬、キラリと光った。
幸せは、まだ始まったばかりだ。
二人を繋いだ手帳を胸にしまいながら、
佐々木は、この愛しい恋人と共に歩む、遥かな未来に思いを馳せた。
-Fin.-