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あい、見えます。
第4章 見落とさないで
「ごめん、遥。ちょっと混んでるから、席札、矢崎さんに渡して」

受付に近づくと、左の前方から薫の声に呼びかけられて、遥は軽く頷いた。
直後、今度は右の方から、年配の女性の声が響く。

「遥ちゃん、こっちよ」
「はい」

声の方へ身体を向けると、ふわりと優しく温もりのある香りが鼻を掠める。
この人は、こっちに来てから知り合った図書館の人だが、何故か母親と似た香りをまとっていると、遥は感じていた。
自然と笑みが溢れる。

「今日も、ありがとうございました」
「いいえ、おつかれ様」

鞄を足元に置いてから、席札を渡すと、矢崎は薫の手をそっと握りしめながら札を受け取ってくれた。

「あ、あと」

申し訳ないと思いながらも、遥は矢崎の手から掌を引き抜くと、白杖と共に持っていた小さな何かを矢崎の方へ差し出す。

「奥の書棚のところに、落ちてました」
「あら、やだ。手帳かしらね」

受け取った矢崎がパラパラと中身を確認する紙の音が聞こえる。

「うん、手帳みたいね。ありがと、遥ちゃん。落し物箱に入れておくわ」
「はい」
「それじゃね。気をつけて帰るのよ」

頷いた遥が鞄を手にすると、矢崎が「はい」と優しい声で遥の行き先を示すように肩を動かして回れ右をさせてくれた。
本当に、母親のような人だ。

「また明日」

振り返って一つ会釈をすると、白杖で位置を確かめながら図書館の出入り口に向かう。
自動ドアに当たった白杖の先が少し擦れて、ドアが開く音が聞こえた。



夏の熱さが残る夕暮れの町並みの中に、遥のモスグリーンのワンピースが揺れた。


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