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忘れられる、キスを
第16章 決着
「おれの周りにはね、おれの家のことや将来の肩書きを見て集まってくる人が多かったんだ。でも…」

自嘲気味に先輩が続ける。

「深町さんは違った。おれの音だけを…単なる倉田崇を慕ってくれた。それが…本当に心地よかった」
「でも、フったんですよね、えっちゃ…深町先輩のこと」
「ピアノを続ける代わりに、条件があったんだ。卒業して数年したら、とある人と結婚する、っていうね」
「けっ…こん…!?」

急展開に声が大きくなってしまう。

「相手は、うちの会社の取引先の娘さんでね。何十年もの間のお得意様だし、断れなかった」
「それ、分かってたのに、えっ…深町先輩のこと、弄んでた、ってことですか?」

自然と言葉に棘が混じる。

「彼女には…申し訳ない、と思ってる。あんなに近づかなければ良かった…せめて、卒業の時に縁を切っておけば…」
「じゃあ、なんで…」
「彼女は…深町さんは、おれの自由の象徴だから。彼女が来てくれたから、おれはピアノを諦めずに済んだ。それに、彼女といると、心から安心出来た。出来るなら、ずっと、隣にいて欲しかった…けれど、それは叶わない。それでも、彼女との心地よい関係を壊したくなかった…」

倉田先輩は、苦しげに、切なげに話した。
ああ、この人も、結局は、俺やえっちゃん先輩と同じ。
ぬるま湯の心地よさから、抜け出せずにいたんだ。

すっかり水の出てしまった冷奴を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。


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