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忘れられる、キスを
第16章 決着
「ピアノは英才教育の一環でやらされていたんだけど、これが意外とはまってね。他の習い事やら家庭教師やらは渋々、嫌々って、感じで受けてたけど、ピアノを弾くのはすごく楽しい時間だった」

倉田先輩の言葉に、えっちゃん先輩との連弾を思い出す。
あの映像の中でも、倉田先輩は心底楽しそうにピアノを弾いていた。

「ピアノは高校まで、って言われてたんだ。大学に入ったら勉強の傍ら、社会勉強も兼ねて、うちの会社を手伝うように言われてた。でも…」

倉田先輩の目は何かを懐かしむような、慈しむような、優しさをたたえていた。

「どうしても、やめられなくてね。大学に入って、こっそりサークルに入ってたんだけど、祖父にばれて。仕方なく、辞めようと思ったんだけど、踏ん切りがつかなかったから、賭けを、した」
「賭け?」
「サークル棟の踊り場にピアノあるでしょ?あそこで弾いて、誰か一人でも俺の演奏に耳を傾けてくれたら、祖父に…家に反抗しようって。そしたら…」

先輩の視線が俺を窺う。

「深町さんが、来た」
「はい?」
「ショパンの「別れの曲」を弾いてたんだけど、その音を辿って、深町さんが来てくれたんだ」

それが、倉田先輩とえっちゃん先輩の出会いだった。
それは、俺とえっちゃん先輩が会った時と、まるで、おんなじだった。
そして、バレンタインのあの日も。

「深町さんのおかげ、なんだ」

優しく笑ったその目は、俺ではなく、ここにはいないえっちゃん先輩を見ているようだった。

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