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忘れられる、キスを
第29章 嫌悪
佐野さんに連れられて入った焼き鳥屋で、私はただひたすらその時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。
仕事の話から始まり、佐野さんの学生時代や新人の頃の話を延々と聞かされた。

半個室になった席で、入り口を背にして佐野さんが座ってしまったので、私はトイレに逃げることも出来ずにいた。

「ところで、早坂とは随分親しいようだが…お前たち、何か特別な関係でもあるのか?」

唐突な質問に顔を上げる。
佐野さんの目は笑っていない。

「特別なんて…ただの上司と部下です。早坂さんは私が入社した時の教育係でもあったので…」

訝しむような視線を感じた。

「前任の事務の娘が辞めた時、お前を俺の専任にして欲しい、という要望を出した。優秀な奴がついて欲しかったからな。が、早坂に一蹴されたよ。深町は渡せない、と」

ぐびり、と佐野さんがビールを呷る。

「早坂が羨ましいよ。お前みたいに若くて可愛らしい部下に慕われるなんて。でも…」

ぐっと手を握られる。
佐野さんが口の端を上げて笑った。

嫌悪感だけが、身体を包む。

「今は、俺の部下でもあるんだ。いいな?」

つつっ…と指先が腕へと滑る。

「ひゃ…」

その感触に、思わず手を引っ込めてしまった。
ぐいっと、手首を掴まれ、戻される。

「これからもよろしくな、深町」

佐野さんがそう言って、ニイッと笑った。

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