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忘れられる、キスを
第29章 嫌悪
「あ、あの…お、お手洗いに…」
「おう、ずっと我慢してたのか?ごめんなあ」

すれ違いざまに、するりと尻を何かが滑った。
ぞわりと身体が粟立つ。

お尻、触られた…?

確認しようにも、振り返るのも嫌で、そのままトイレに駆け込んだ。
ようやく一人になれた個室の中で、星くんに遅くなることを連絡する。

さすがにすぐに返信はないよね…

暗い気持ちを引きずり、のろのろと席へ戻りかけると、ポケットの中が鈍く振動した。

『遅くなるなら、迎え、行きます。どこにいるんですか?』

迎えに来てくれるの?

縋るような思いで、店の名前と住所を打ち込もうとした。

「深町、何してるんだー?」

座席から半分身を乗り出して佐野さんが呼ぶ。
戻れ、と目が訴える。

慌てて店の名前だけを打ち込み、送信する。

「随分長かったなあ」
「ちょっと混んでいて…」

星くん、分かってくれたかな…

再び鈍い振動がして、ポケットの上からそっと押さえた。
確認は出来ない。
けれども、星くんは絶対に迎えに来てくれる、という根拠のない確信が芽生えた。

駅まで行けば、佐野さんとは反対方向だ。

「あ、あの…そろそろ…」
「なんだ?もう俺とは飲めないのか?」

笑わない目に射すくめられて、それ以上は何も言えなくなってしまった。
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