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忘れられる、キスを
第30章 震え
夜中に先輩のうなされる声で目が覚めた。
やめて、と掠れた声が漏れる。

「先輩…」

大丈夫、と頬に触れようとした時。

「やめてっ」

悲鳴にも似た、叫び声を上げて、先輩が飛び起きた。
慌てて電気を付ける。

「先輩、大丈夫?」

汗をかき、呼吸の荒い先輩の背中をさする。
気付けば、ぼろぼろと涙を零していた。
怖い夢でも見たのだろうか。
俺は泣きじゃくる先輩を、ただただ宥めることしか出来ない。

大丈夫、と背中をさすっても、なかなか泣き止まない。
ひどく汗をかいて、背中が冷たい。

落ち着いてきた先輩に着替えを促し、トイレにでも行こうとすると、俺の部屋着の裾を先輩が掴んだ。

「着替えさせて欲しいの?」

冗談めかして言うと、ぱっと顔を紅くした。
目尻のあたりに涙の跡が残っている。

ここに、いて、とシャツを離さない先輩の指先から震えが伝わる。
一体何に怯えているのか。
先ほど別れた上司らしき男が関係しているのか。
はたまた、単に怖い夢を見ただけなのか。

先輩は、大丈夫、というばかりで、何も話そうとはしない。

もっと、頼って欲しい。
寄りかかって、甘えて欲しい。

泣き顔は、見たくないんだ。
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