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忘れられる、キスを
第30章 震え
「何かあったら、すぐに連絡してね」

大丈夫、という先輩が心配で、俺は何度もそんなことを言った。
何が出来るかは分からなかったけれど、せめて、辛くてどうしょうもない時に頼れる場所がある、と先輩に覚えていて欲しかった。

悪夢にうなされて飛び起きたあの夜以来、先輩はいつもより、ほんの少し、俺に甘えてくれているようだった。

ぴったりと横にくっついてテレビを見たり、眠る時にそっと手を繋いだり。

そのくせ、俺が触れようとすると、びくりと肩を震わせる。
そういう時は決まって、今にも泣き出しそうな、頼りない表情をしているのだ。

「先輩…何か、仕事で辛いことでもあるの?」

抱きしめて、聞いてみても、答えは無い。

「仕事のことは俺…よく分からないけど、何か出来ることとか、俺にして欲しいことあったら何でも言って」
「………て」
「ん?」
「…ぎゅって……して…」

俺の胸に頭を預けた先輩が、ぼそりと呟く。

え?
ぎゅって?

突然のことに思考が停止した。
固まっている俺のシャツを、先輩の華奢な指先がきゅっと掴む。

「…もっと、ってこと?」
「ん…もっと…」

こんなに甘えるような声を出す先輩は初めてだ。
驚きと、ほんの少しの不安が頭を過る。

けれども、甘えてくれる嬉しさの方が勝り、ぎゅうっと強めに抱きしめて、前髪の隙間から覗く額にキスをした。

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