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忘れられる、キスを
第30章 震え
「こないでっ」

それまで静かだった扉の向こうから叫び声がして、俺たちは慌てて病室へ飛び込んだ。
ベッドの上で先輩が、身体を抱きしめて震えていた。
頭に巻かれた包帯が痛々しい。

「せ、先輩…!大丈夫?!」
「深町、どうした…!」

俺たちの声に、先輩の顔が恐怖で歪む。

「あ…や……こ、こないで…」

震える声。
ずりずりとベッドの上を後ずさる。

「深町、危ない…!」
「や、だ…こっち…こないで…」

早坂さんが伸ばした手がぱしりと払われた。
その反動でえっちゃん先輩がバランスを崩し、後ろに倒れこみそうになる。

「先輩…!」

咄嗟に身体が反応し、ベッドから落ちそうになった先輩を抱きとめた。

「あ…い……いやっ…!」

パシンッと渇いた音がして、頬に熱が走った。
先輩は俺の腕から逃れようとして暴れ、パニックに陥っている。

「や、はなしてっ…!いや…っ」
「先輩!えっちゃん先輩!!落ち着いて…!」

先輩の、小さな頭を俺の左胸に押し付ける。
ガタガタと震える細い肩を、そっと抱きしめた。

「落ち着いて、えっちゃん先輩。俺の心臓の音、聞こえる?息、ゆっくりすって、吐いて」
「や…いや……いやだ…っう……」

次第に俺に合わせて大きく呼吸をし始める。

すって、吐いて。

何度も、何度も繰り返した。
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