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忘れられる、キスを
第32章 雛鳥
一つで満足してしまったのか、先輩はせっかく並べたプリンやらムースやらを冷蔵庫へしまった。

「もういいの?」
「ん、大丈夫」

相変わらず、俺の隣から離れない。

「お昼寝、する?」
「ん…」

頭をこてん、と俺の肩に乗せる。

「ちゃんと、ベッド、行こう?」
「星くんは…」
「ん?」
「星くんは、帰っちゃう?バイト?」

不安げにこちらを見上げる。
細い指先が俺のシャツを掴んだ。

「バイト、夜からだから、もう少し大丈夫」

抱きかかえ、ベッドに寝かせる。
タオルケットをかけると、腕をぎゅうっと引っ張られた。

「寝るまで、いてくれる?」
「いるよ」

まだガーゼを当てている額を撫でる。
傷、残らないといいけど…

「星、くん…」

きゅっと、腕を引き寄せられる。
じっとこちらを見つめる目。
まるで何かをせがむような。

「キス、していいの?」

先輩の顔が、ぱっと紅くなる。
その頬に触れると、ぎゅっと目を瞑ってしまう。
睫毛が微かに震えていた。

「えっちゃん先輩…」

そっと、唇を重ねる。
先輩が好きな、キス。

離れると、透明の糸が引いて、ぷつりと切れた。
気付けば、先輩の目尻からすうっと一筋、涙が零れている。

「先輩…?」
「も、一回…」

小さな呟きに、もう一度唇を重ねた。
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