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忘れられる、キスを
第38章 迂闊
日曜日、昼前に早坂さんが車で迎えに来た。
やあ、と片手を挙げる仕草が様になっている。

「乗って。千代子が待ちかねているんだ」

また、その名前。
なんだかよく分からないまま、車に乗せられる。
三十分ほどで高層マンションの前に着いた。

「はい、どうぞ」

七階までエレベーターで上がり、部屋へと案内される。
帰ったよ、と早坂さんがリビングの方へ声をかけた。

「絵津子ちゃん…!」

ぱたぱたとスリッパの音が聞こえ、綺麗な女の人が飛び出してきた。
先輩の顔を見るなり、ぎゅっと抱きしめる。

「ち、千代子さん…?」

驚いたような、戸惑ったような先輩の横で早坂さんも優しい目で先輩を見つめているのに気づいた。

「千代子、星くんがヤキモチ焼くぞ」

俺の視線に気づいてか、早坂さんが苦笑気味に言った。
千代子、と呼ばれたその人が、ぱっと顔を上げる。
目があって、俺は曖昧に笑うしかなかった。

「あなたが、星、くん?」
「え、あ、はい」

長い睫に縁取られた大きな目に見つめられ、ドギマギしてしまう。
えっちゃん先輩とはまた違う、大人の女性。

「早坂の妻の、千代子です」
「ほ、星龍太郎です…」

丁度、焼きあがったところなの、と言って千代子さんは、俺たちをリビングまで案内してくれた。
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