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忘れられる、キスを
第40章 友達
ちょっとした非日常を過ごして、また俺の日常は始まった。

えっちゃん先輩を襲った上司がどうなるかについてはこっそり早坂さんに教えてもらっていた。
あまり納得いかないが、先輩は、また今まで通りに戻ろうとしている。
俺に出来るのは、そっと、支えることだけ。

また、今までの続きが始まるのだ。

就職も決まった今、俺は専ら、バイトばかりしていた。
店長も容赦無くシフトを組んでくる。
その代わり、店の暇な時や開店前にピアノの練習をさせてもらっていた。

「お前、またなんか気合い入れて練習してるな。絵津子ちゃん、来るのか?」
「いや、文化祭とかあるんですよ…俺、結構人気者で」

文化祭は十一月の一週目だった。
俺はサークルのミニコンサートでソロを一曲、オーケストラサークルのアンサンブルコンサートでピアノ三重奏を一曲、それに友人のバンドのキーボードとしての出演予定がある。

自分だけならまだしも、トリオやバンドはある程度完成度を高めた状態で合わせなければ意味がない。

ソロにはリストの「愛の夢 第三番」を選んだ。
俺の弾くリストが、えっちゃん先輩の好きなリストになるように。

倉田先輩への僅かな嫉妬を振り払い、鍵盤に向き合う。
一音、一音、丁寧に。
えっちゃん先輩を想って、紡ぐ、愛の夢。

「まーた似合わないくらいロマンチックな曲だな」

店長がからからっと笑った。
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