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忘れられる、キスを
第40章 友達
「その曲……ドビュッシーのトリオ?」

あっという間に八月が終わり、九月に入った。
暦の上ではもう秋、とは言ってもまだまだ暑い。
時折風で揺れる風鈴の音を聞きながら、俺は先輩の家でピアノを弾いていた。

「そうだよ。今度の文化祭で弾くから、一応、練習」
「オーケストラ部と、一緒、だよね」

懐かしい、と先輩の唇からぽろりと言葉が零れた。
ふっと顔を上げて先輩を見ると、どことなく、そわそわと落ち着かない。

「……これも、倉田先輩弾いてた?」
「え、あ…うん……」

やっぱり、ね。
もう決着はついている、とはいえ、先輩の中に大切にしまわれた倉田先輩との思い出にはなかなか勝てない。

「いつ頃?やっぱり、文化祭?」
「う、うん…四年生の時オーケストラの同期の人たちと…」

ちょっと、羨ましかったんだ、と先輩がはにかむ。
あーあ、そんな可愛い顔して。
話してるのは倉田先輩のこと。

「バイオリンの人もチェロの人も、すごーく美人で…三人でよくサークル棟の踊り場で練習してたの、いいなあ、って思ってた」
「えっちゃん先輩だって、隣に座って連弾したじゃん。しかも二人っきり」
「そ、そうだけど…」

先輩が気まずそうに、目をそらした。

「案外、独占欲強いね」
「そんなこと…!」

顔を赤らめて反論する。
まあ、俺が言えた話じゃないけど。
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