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忘れられる、キスを
第47章 遠慮
鬱屈した気持ちを抱えて数日が過ぎた。
あの日以来、星くんから連絡があってもなんとなく避けてしまっていた。
頑なに、会えない、という私に星くんは怪訝そうだったが、私にも自分の気持ちが上手く説明出来ないのだ。

星くんから、自分の気持ちから逃げ出すように、私は仕事納めと同時に実家に帰省した。

「あんたがこんな早く帰ってくるなんて、珍しいわね」

母に不思議そうな顔をされたが、慣れ親しんだ実家でくつろぐと、少し心が落ち着いてきた。
実家に置いてあるアップライトのピアノは今でも調律をしてくれているようで、鍵盤を叩くとポーンと心地よい音が響く。

久し振りに、弾いてみようかな。

指ならしにエチュードを弾いて、ピアノの上に置きっ放しの楽譜を広げた。

リストの「愛の夢 第3番」。
倉田先輩に追い付きたくて、聴いて欲しくて、何度も何度も練習した曲。
そして、星くんが、私のために、弾いてくれた曲。

鍵盤の上に指を置いて、深呼吸。
ゆっくりと切なく、甘美な旋律を紡ぐ。

最後の響きが収まると、パチパチパチ、と背後で拍手が聞こえた。

「さすが、えっちゃん」
「理人、帰ってたの?」

振り返ると弟の理人(まさと)がニコニコしながら立っていた。
その姿が、一瞬、星くんとダブった。
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