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忘れられる、キスを
第7章 風邪
あのバレンタインデーから一週間が経とうとしていた。
年度末にむけて、仕事も忙しくなる。
星くんに付けられた痕もだんだんと薄くなり、私は忙しさもあって、先輩のまた今度、も、星くんのまたね、も、頭の片隅に追いやっていた。

営業補佐としてデータの入力や確認を中心とした仕事をしている私は、この日もパソコン画面とにらめっこ。
あまり根を詰めすぎるなよ、と担当の営業の早坂さんに言われ、顔をあげる。
気付けば、午後四時を過ぎて、辺りはかなり暗くなっていた。
一度休憩しようと、手洗いに立つ。
洗面所で化粧を軽く直していた時だった。

ブブブ…とポケットの携帯が振動する。

メールじゃなくて、電話。

普段あまり電話のかかって来ない端末だ。
不審に思って液晶を見ると、星くん、だった。

「もしもし?」
『せ、せんぱ…俺…』
「お、オレオレ詐欺?」

気恥ずかしさから、軽口を叩いてみたが、なにやら反応がおかしい。
苦しそうな息遣い。
掠れた声。

「星、くん…?風邪…?大丈夫?」

電話の声が遠くなる。
ごつん、という音がしてそのまま切れてしまった。

え、なに?
どうしたの?

事態が把握できない。
どうやら風邪を引いているみたいだけど。
しんどいのかな。

とはいえ、仕事を抜け出すことも出来ない。
私ははきっちり定時の五時半までにひとまずの仕事を片付けると、早足で会社を出て、自宅とは反対方向の電車に飛び乗った。


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