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忘れられる、キスを
第10章 マフラー
トイレから出て、部屋に戻るとえっちゃん先輩がいない。
慌てて玄関を確認すると、靴がない。

「えっちゃん先輩!」

もしかしてすぐそこにいるかも、と淡い期待を抱いて開けた扉の向こうにもその姿は確認できなかった。
がっくりと肩を落とす。

一瞬、理性がきかなかった。
またしても、前回のように無理矢理彼女の身体を求めた自分に腹が立つ。

すぐに謝罪の電話をしようとして、手が止まる。

また、拒絶されたら…

あの時の悲痛な叫び声と怯えた表情がちらつく。
不注意で風邪を引いて、看病までしてもらったのに…
恩を仇で返す、とはこのことか…

拒絶されるかもしれない、という恐ろしさと彼女の献身に対する裏切りの後ろめたさで連絡がためらわれる。

薬を飲んで、もう寝てしまおうとベッドに腰かけた時、ベッドサイドにあるものに気付いた。

紺のマフラー。
と、小さな紙袋に入れられた、パジャマとトランクス。

「マフラー…ないと寒いよ…」

思わず抱きしめると、先輩の残した香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
さっきまで俺が巻いていたから、もうそんなに強くは香らないと思っていたのに、先輩がすぐ側にいるような、そんな気持ちにさせる。
香水みたいな、意図的につけられたものではない、先輩の纏う自然な香り。

いつから俺は匂いフェチになったんだ…

また鼻先をくっ付けて、先輩の痕跡を探した。


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