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忘れられる、キスを
第1章 バレンタインデー
「えっちゃん先輩、泣いてた?」

不意にそんなことをきかれ、あわてて目尻を拭う。

「な、泣いてないよ…ちょっとあくびが…」
「嘘つき」

星くんはそう言うと、私の隣に腰掛けた。
狭いピアノ椅子の上で、肩が触れる。

「今日バレンタインじゃん。なんでこんなとこでピアノ弾いてるの」
「それは…」

うまく言えずに口ごもる。

「彼氏に振られた、とか?」
「彼氏なんていません」
「じゃあなんで…」

真剣な眼差しでこちらを見つめる星くんから思わず目を逸らす。

「俺、分かるよ」

ぼそっと星くんが言った。

「何があったのかはよくわかんないけど。でも、えっちゃん先輩が悲しくて、辛い気持ちだ、っていうのは分かる」
「そんなこと…」
「なんで嘘つくんだよ」

星くんが私の左手を握った。

「俺…俺で良かったら話聞きます…だから…」

きゅっ、と星くんの右手に力がこもる。

「1人で、泣かないで」

泣いてないよ、と言おうとして声が震えた。
無理やり笑おうとしたら、ぽろりと涙が零れた。

まずい。

そう思った時には、ぽろぽろと次から次に涙が落ちて、止まらなくなってしまった。

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