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忘れられる、キスを
第1章 バレンタインデー
最後の音が消えて、少しの間。

パチパチパチパチ、と拍手が響いた。

驚いて顔をあげると、暗がりから背の高い男の子が現れた。

「さっすがーえっちゃん先輩!」

懐かしい響き。
学生時代の、あだ名。

「え…星くん…?」

その顔には見覚えがあった。
星龍太郎(ほし りゅうたろう)。
私の3つ下の後輩。
少し明るい茶髪に、シルバーのピアス。
人懐こい性格で、サークルにも入ってすぐ溶け込んでいった。
1年しかかぶらなかったけど、なんだかんだ話す機会も多かった気がする。

「先輩、なんでここに?遊びに来てくれたんすか?」

嬉しそうに駆け寄ってくる姿は犬そのもの。
外見はもとより、この性格の良さも手伝って、サークル内外でモテていた印象がある。

「ちょっと、近くまで来たから…」

本当の理由を言えずに、ごにょごにょと話す。

「星くんはどうしたの…?今日は活動日じゃないでしょ」
「えっちゃん先輩の音が聴こえたから」

星くんは、耳がいい。
絶対音感もあるらしい。
けど、そんなのあっても、私が弾いてる、なんて分かるのかしら。

「分かるよ。えっちゃん先輩の音、好きだし」

考えていたことが顔に出ていたらしい。
音が好き、なんて初めて言われた。
少し、嬉しくて、照れくさい。
私も先輩に、先輩の音が好き、って言いたかったな。

そう思うとまた、涙が出そうだった。





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