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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~
第2章 RoundⅠ(喪失)♠
 しかも、院長はまだ三十代半ばで、無口ではあるものの、腕は確かで患者の立場になって考えてくれる優しい医師だと評判である。院長は愛想が良いというのではなく、寡黙ではあるけれど、患者の気持ちに寄り添ってくれるところから、一人目を産んだ妊婦がまた二人目以降もここで生みたいと願うケースが圧倒的に多いそうだ。
 手術の三日後には、点滴も外れ、歩行訓練が始まっている。歩き始めは多少のふらつきはあったものの、手術自体はこれで二度目だから、戸惑うことはなかった。
 その日、紗英子は診察を受けるために二階から一階の診察室まで降りた。診察室へと至る待合室にはいかにも座り心地の好さそうなソファが何列にも並び、お腹の大きな妊婦が何人も腰掛けている。
 紗英子は努めてそちらを見ないようにしながら、何の気なしに一番前に置いてある大型液晶テレビを眺めていた。
 太ったお笑い芸人が何か芸を披露しているらしく、母親に連れられてきている小さな子どもがしきりに画面を見ては笑っている。
 男の子で五歳くらいのその子は、赤ちゃんを抱いた母親の膝に掴まってぴょんぴょんと跳びはねていた。
「ねえ、ママ、だから、何だと思う?」
「お父さんがたっくんにくれたプレゼントね? さあ、何かなぁ」
 母親の方はまだ二十代後半か三十になったばかりというくらいだろう。
 紗英子が直輝と結婚したのが二十三だったから、すぐに子どもが生まれていれば、丁度、あんなものだったかもしれない。
 母親の腕にはまだ明らかに新生児だと判る赤ちゃんがピンクのおくるみに包まれて眠っていた。女の子なのだろうか。
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