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真夜中の贈り物
第15章 薔薇のひとつ
人々は、枢機卿の人望のおかげでかろうじて我慢しているにすぎない。王宮にはびこる悪徳と、孤独に戦うこの美丈夫な宰相こそが王都の民の希望であり、信じる「よすが」であった。
ノヴァリスもまたその想いを同じくするもの。
兵士となったのは現王の悪政を助けるためではない。乱れた世であるからこそ秩序を維持し、他国につけ込まれる隙を作らぬことが、ひいては民の平穏を守るこになると考えたからである。
(そして、いつか枢機卿猊下が腐敗を一掃し……真に誰もが笑顔で暮らせる国を作るために……)
枢機卿の手づからはめたられた指輪をじっと見つめ、自分の背負うものに思いを馳せる。
そんな、彼女の厳粛すぎる面持ちに、枢機卿は態度を変えて笑い声をたてた。
「ハッハッハ……どうしたね? 硬いぞ。もっと楽にしたまえ。」
「は……身に余る重責なれば」
「噂に違わぬ真面目ぶりだな。ひとつ忠告を授けよう。任務は任務。だが、人生を楽しむことも忘れてはならぬ。そなたもまた市民のひとりなのだ。まして、婦女である身ならなおのこと……」
うって変わった枢機卿の気さくな態度に、ノヴァリスがきょとんとしていると、枢機卿が傍の大きな花瓶にいけてあった薔薇の中から一本を取り出し、彼女に差し出した。
「棘があるだけでは薔薇とは言わぬ、この大輪が咲き誇ってこその薔薇。そなたもまた薔薇のひとつ。そういうことだ」
あっけにとられたまま、目の前の鮮やかな赤い花弁を見つめるノヴァリスを見て、再び枢機卿は笑い声を立てた。
ノヴァリスは驚きはしつつも、不思議と悪い気はしなかった。