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やさしいんだね
第2章 情熱は二種類
 ソンの口から規則とか約束とか、そういう単語が出ると、小百合は背筋が冷たくなる。


 ソンが少女を雇うときに提示する就労規則はふたつだけ。


 客と直取引はしないこと。
 そして、ソンに絶対に嘘を吐かないこと。



「たったの1万ぽっちのために、俺に、嘘をついて」



 千夏は、携帯電話の番号を交換したそうだ。
 そして、ソン正規の値段で1時間15万出した客と、1万円で一晩寝たそうだ。


「1万ぽっちならいつだって俺が、欲しいもんならなんだって買ってやったのにな。なぁ?シズクはどう思う?」



 あぁ、そうだ。千夏は髪が長かったんだ。

 さっきからモニターでずっと見ていたのに、小百合はようやく今思い出せた気がした。
 髪の長い、自分と同じようにまるで人形のような顔をした切れ長の目をした千夏の美しい顔が、あの日、このリビングのソファの上で歪んで、口から血泡を噴いていた。

 千夏の遺体に記憶を重ね合わせる。

 小百合の父親の場合は、割れた頭から中身が飛び出していた。
 
 父親もやはり、金が原因でソンに嘘を吐いたらしい。 
 あの時空虚を見つめていた血だらけの髭面。

 それは小百合の意識しないうちに自然と、今日、色黒さんと別れる際、よっぽど電話番号を教えようか悩んだ、自分の顔にすり替わっていた。


 ・・・いいや、その顔は小百合ではなく、ただの14歳の中学生としてのシズクの顔だったのかも知れない。


「バカみたいだよなぁ。ほんっと、たった1万ぽっちで、バカだよなー」


 モニターの中の千夏、いいや、ソンの前ではヒカルという名前だった少年は、ビデオカメラに向かって、ファインダーの向こうにいるソンにはにかみながら語りかけていた。

 美しい黒い長い髪で。
 美しい切れ長の目で。
 美しい睫毛で何度も瞬きして。
 白いワンピースを淫らに乱して。
 そして自身のものを擦りながら。

「アキラお兄ちゃん大好き」

 って。

 それを、ソンは無表情のまま、ずっと聴いていた。
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