この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
ただ一つの一対
第5章 花園の鍵は
「……そうですね、こんな話、あまりに無粋でした。今は、このままで」
溢れる白濁を隠すように、菊は自身を再び菖蒲の中に突き入れる。時も、変えられない現実も全て掻き回し、忘れるまで抱き合った。
平日は隣県、休日は菊の家。菖蒲の生活は、今までと変わらない。だが剣道の稽古が終わった後は、今までと違い恋人の時間が待っている。
「菖蒲、こちらとそちらの帽子、どちらがいいですか?」
「ちょっと待って、どっちも可愛いけど、値段が」
「大会優勝のお祝いなんですから、気を遣う必要はありません。よし、ではどちらも買いましょう」
「えっ!? でもあたし、叔父さんがいてくれるだけで、充分ごほうびだけどな……」
一見すれば叔父と姪だが、指を絡めるように繋いだ手が胸を熱くする。誰にも話す事は出来ないが、穏やかな時の中、静かに愛情は育まれる。
だが、見ない振りをしても、闇が消える訳ではない。菖蒲という光に目が眩んでいる間に、影は濃くなっていく。ひと月、ふた月と秋が深まり、冬が迫る頃。少しずつ歪んでいた手が、暗闇から伸びようとしていた。