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ただ一つの一対
第7章 彼女の優しさ
冬の道場は、ひたすらに寒い。床は氷のように冷たく、足の裏を刺してくる。収縮する筋肉のせいで、動きも鈍くなる。だが菖蒲は慣れたもので、足をしっかり付けて素振りしていた。
菊は、そんな菖蒲をぼんやり眺めながら思いに耽る。打ち明けなければならない、己の闇。真っ直ぐな竹刀の軌跡がぶれてしまうのではないかと、気持ちも縮こまる。
「――さん、叔父さん!?」
「っ! ああ、菖蒲、どうしました?」
菊はいつの間にか素振りを止め、目の前へやってきた菖蒲にも気付かなかった。慌てて取り繕えば、菖蒲はぽつりと呟く。
「叔父さんは、最近ずっとそうだね」
「菖蒲?」
「ううん、何でもない。それより叔父さん、あたしいつまで素振りしてればいいの? もう何分も素振りしっぱなしだよ」
「何分も? ああ、そういえばそうですね。うっかりしていました」
「今日は先生がいないんだから、ちゃんと時間計ってくれないと。稽古だけはきちんとやらなきゃ」
菊と結ばれてからも、菖蒲が毎週の稽古を欠かす事はなかった。一度優勝し力の使い方を覚えてからは、ますます菊との差を付けている。