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ただ一つの一対
第7章 彼女の優しさ
本来守るべき相手よりも弱いという事実は時に自尊心を傷付けるが、背筋の伸びた菖蒲の立ち振る舞いを見ていればすぐそれも忘れてしまう。つい見惚れてしまい、自分の練習が疎かになるのも、力の差が開く原因であるのだが。
真剣な菖蒲を前に、どうせ道場主がいないなら少しくらいいちゃついてもいい、などとは言えない。菊はひとまず竹刀を握ると、剣道に意識を集中した。
朝から昼まで打ち込み、体も床も暖まった頃に、練習は終わる。それからは、甘い恋人の時間。レストランでランチを取りながら、菖蒲は菊へと訊ねた。
「ねぇ叔父さん、そういえばもうすぐ叔父さんの誕生日だよね。今年も、会社の人とパーティーするの?」
菊の誕生日は、毎年組の若い衆が盛大な会を開いている。取引先の人間も出席するため、楽しい、楽しくないに関わらず、菊は若頭としてそれに顔を出さない訳にはいかない。そして極道である事を隠している限り、当日菊が菖蒲を招待する訳にはいかなかった。
「そうですね、それはどうしても外せません。ですから代わりに、前の日を空けていてもらえませんか?」
「え、でも前の日って平日だよ」