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ただ一つの一対
第8章 聖夜の狂乱
父には疎まれ、兄には見捨てられ、母には身代わりの人形として生を授けられた菊が縋れるのは『強くなれ』と語る祖父の言葉だけだった。暗闇が怖いと泣いても、共に寝てくれる存在などない。布団の中で膝を抱え、泣き声を殺してでも、菊は強くならなければならなかった。
他人が寄り添う事のないベッドに、ふと感じる気配。菊が目を開くと、隣にいるはずのない菖蒲が、今にも泣きそうな目をして座っていた。
「……菖蒲?」
「叔父さん、死んじゃ嫌だよ」
手を伸ばせば、菖蒲は両手で掴む。確かに生きた人間の体温が伝わるが、菖蒲が再び菊の元へ現れるはずがない。菊はぼやけた頭で、これは夢なのだと判断した。
「……死にはしませんよ。ただ、具合が悪いだけです」
「だって、このままじゃ死んじゃうって――だから、あたし、いてもたってもいられなくて」
「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、僕が仮に死んでも、困る人間なんかいませんから」
「あたしは困るよ! 困るし、悲しいよ。お願いだから、死ぬなんて言わないで」
涙をこぼしながら訴える菖蒲に、菊は苦笑いを浮かべる。