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ただ一つの一対
第8章 聖夜の狂乱
もう一つは、自身が一文字組に捕まっても菖蒲を奪い返す事。だが菖蒲と妻をそれで表の世界へ帰す事は出来ても、宗一郎はその後一文字組へ縛られてしまう。
全てを守り、悪の手から逃げる。最善である選択肢を実現出来る可能性は、限りなく低い。全てを切り捨てて逃げた宗一郎は、誰かを守りながら走る手段を持ち合わせていなかった。
「そうですか、確かに僕は鬼かもしれませんね。しかし僕とて、守りたいモノがあるんですよ。馬鹿で脆弱な人の身でそれを守れないなら、僕は喜んで強く賢い鬼になりましょう」
宗一郎は拳を強く握るが、それを振り上げる事は出来ない。一度でも殴ってしまえば、それは一文字組への宣戦布告なのだから。
「可哀想に、せめて僕への疑いを隠し、僕が夢見たお優しいお兄様を演じていれば、僕も少しは手心も加えたでしょうに。自分がいつも怯え疑ってきたのに、こんな時だけ情へ訴えたって、通るはずがないでしょう? 信頼というものは、日頃の態度から生まれるんですよ」
菊は立ち上がると、扉に手を掛ける。
「それと、もう一つ言っておきましょう――僕が鬼? 馬鹿馬鹿しい、お前が言うな」
菊は出て行き、重い扉が閉まる。響いた重い音が、宗一郎との決別だった。